08.死人花  



   

 西の集落の北側に枯れた田畑が広がっていた。

 田畑を画一的に隔てる畦道に、万珠捨華が風に揺られている。





 人の血を吸ったかのように、緋い華。





(実家の近くに、よく咲いてたっけ)





 中西がこの花の幾つ物名前を教えてくれたな、と思い出す。

 本当に呆れるくらい幾つもの名前があった気がするけれど、



「俺、バカだから一個しか覚えてないや」



 小さく笑んで、根岸はゆっくりと花に手を伸ばす。







「死人花、だっけ」







 唯一覚えていた名前を口にして、そっと手折った。



 こんな状況で思い出すにはあまりにも『らし過ぎる』名前に、根岸は笑う。



 どうして、他の名前を覚えていなかったのだろうか。



 摘み取った花を大切に手の中に抱いて、根岸は立ち上がった。

 風に煽られて、万珠捨華が踊る。巻き上げられた砂埃の影と闇のスクリーンに、月を纏って揺れたその姿はいっそ狂う程に綺麗だった。



 月を見上げた根岸は余りにも無防備で、けれど幸いなことに周囲には誰一人いなかった。

 けれど根岸はそれを知っていた訳ではなく、自分が生き残ることを彼は既に諦めていた。生き残ろうとも、思わなかった。



 今まで共に過ごしてきたチームメイトはもちろん、見ず知らずの人物でさえも、根岸は殺したくはなかった。たとえば相手が自分を殺そうとしていたとしても、人が死んでいくのを見たくなかった。







 あいつはきっとバカにするけれど。



「あなたらしい」



って、そう言って笑う。







 その笑顔が見たかった。もう一度、逢いたかった。

 けれどその為に人を殺す気にはどうしてもなれなかったし、絶対に巡り逢うことはできないという、予見のようなものがあった。









 一度だけ重ねた躰。

 朝日の影で見た、大人びた横顔と向けられた穏やかで優しい笑み。



 二度と見ることは叶わなかった表情が、脳裏をよぎる。









 根岸は眼を伏せ、細く緋い花弁を口に咥えた。

 それはほとんど無意識の動作だったのだけれど。





「ネギ」

「――――あ、なか、にし……?」



 耳に届いた音に眼を開いて、そこに月を背負って幼馴染が眼を細めるのが映り込んだ。







「それ、食べるなよ。毒がある」
























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