07.愛しさの悪夢  



   

 吐き気が治まらない。

 脳の奥がずくんずくんと脈打っていた。動悸はやけに早く、手がぶるぶると震えている。



 いっぱいに見開かれた瞳はけれど何も映してはおらず、代わりに脳裏に焼きついて離れない先程の凄惨な光景がちらついていた。





 耳にこびりついた、破裂するような銃声。

 飛び散った血が月の光を受けてまるで花弁(はなびら)のように見えた。







 青白く浮かび上がる砂浜は溢れ出た血にどす黒く染め上げられて、死体を作り出した人物は表情を変えることもなく、死んだのを確認した後、2人分の荷物を持って踵を返した。



 刹那、こちらを振り返ったように思えたのは気のせいだろうか。



 強い潮風に砂が流れて、たぷたぷと波が踊る。

 月と星の光を縫いとめて煌く海はそれでも重い闇を内包し、単調なリズムを生み出す波音に精神が狂いそうだった。



死体に打ち寄せた波は自らの中に緋い帯を引き込み、その度に潮風に混じる血の匂いは濃さを増していく気がして。





 恐くて逃げだ込んだ浜近くの病院の薄ら寒い診察室の隅に蹲り、一馬は震えの止まらない躰を抱き締める。





 自分も、あんな風に死んでしまうのだろうか。

 あっけなく、消えてしまうのだろうか。







 そして、あいつらは……。







「えいし、ゆうと……」



 一緒に行こうなんて、誘わなければ良かった。そうすればこんな悪夢のような現実に、二人を巻き込まずに済んだのに。

 そんなことを言ったら、あの2人は怒るだろうか。





「いつも一緒だって言ったでしょ」

 きっと郭はそう言って笑う。一馬の髪を撫でる。



「3人いれば、なんでもできる気しねぇ?」

 きっと若菜はそう言って笑う。一馬の肩を叩く。





 それでも、一馬は思うのだ。



 死ぬのは、俺一人だけでいい。



 彼らは巻き込まれたなんて思っていないだろうけれど、一馬を責めはしないだろうけれど、一馬は自分を責めずにはいられなかった。







 そして、もう一人。

 大切に思う人を救えなかったことに、悔しさがこみ上げる。

 瞳が含んでいた、僅かな痛み。

 選ばざるを得なかった彼の苦しみを、どうして理解ってやれなかったのだろう。



 けれどそれに気づくものは他に誰一人としていなかったのだから、一馬が気に病む必要は、本当は何処にもなかったのだけれど。





「ごめん」



 気づいてやれなくて。

 愛していたのに、大切に想っているのに。あんなにも、傍にいたのに。



 泣かせてしまって、







    ごめんね。





















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