出逢い頭にナイフで切りつけられて、夜闇により濃い血の影が散った。
瞬間的に飛び退いたにも拘らず、二の腕の肘近い辺りの肉はごそりと抉れ、強烈な痛みに頭がジン、と痺れた。
「した、ら……」
ばたばたと血の落ちる傷口を押さえ、痛みに掠れた声で名前を呼んだ。
「痛かった?」
振り向いた少年が笑う。
けれどそれは痛みに歪み、額には脂汗が浮いていた。
飛び退きつつも笠井が放った銃弾が命中したようだった。
「設楽、おまえ……」
「あーもう、容赦なく、撃ってくれたね、笠井。――――まぁ、俺も、おもいっきり、切りつけちゃった、から……お互いサマ、かな」
がくん、と膝が崩れ、設楽は地面に倒れ込んだ。握られていたナイフが手から転がり落ちる。
「設楽……っ」
駆け寄ってくる笠井を仰ぎ、設楽は口の端を歪めて笑う。
(あー、しくったなぁ)
感覚すらも麻痺して、ただ流れる血が熱い。
どくどくと溢れ続ける血に白くなり始めている脳のままに自嘲し、血が不足したせいで震える右腕をゆっくりと持ち上げた。
「かさ、い……」
土と血に汚れた手で、自分と良く似た造作の少年の頬へ触れる。
「設楽?」
「たのみが、あるんだ、けど」
「なに?」
「悪いんだけど、殺してくんない?」
苦しいから、そんな表情をするぐらいならいっそその手で引導を渡してしまって。最期の情けだと思って止めを刺して。
その方が悔いてくれるよりもずっと、優しい。
咳き込んだ設楽の口から、ばたばたと緋く生臭い液体が地面に落ちる。血の染み込んだ土はどす黒く変色し、血液はとろとろと流れて笠井の膝を濡らした。
「笠井」
妙に明瞭な声で名を呼ばれて嘆願され、笠井は設楽が取り落としたナイフを拾い上げる。
小刻みに震えている刃先に微かな苦笑を浮かべ、設楽は心臓の上に手を乗せた。
「まちが、うなよ……ここ、だから」
「…………まちがえないよ」
いつも通りの会話を交わして、笠井はナイフの柄をぎゅ、と握りなおした。
胸に触れた硬く冷たい痛みに、設楽はすべてを預けて眼を伏せた。
瞼の裏に浮かび上がった姿に、口許に知らず笑みが零れる。
敵の多い、腐れ縁の幼馴染。
うっとうしいところもある奴だったけれど、妙に居心地が良くて、そういえばサッカーだけでなく恋のライバルでもあったな、と思った。
ナイフの感触がやたらとリアルで、それなのに何故か鋭いはずの痛みは感じなかった。
ただ確実に失せていく光に、設楽はゆっくりと意識を手放す。
設楽の躰に根元までナイフを埋め込み、脈が消えたのを確かめて、笠井は肩から力を抜いた。
できればあの人に逢うまでは手を汚したくなかったのだけれど、この状況でそれは理想でしかなかったし、設楽の願いを叶えてやれるのは自分しかいなかった。ここに他には誰もいなかったからではなくて、参加者の中で『生きたい』とか、そういう雑念を捨てて純粋に想いを汲み取って設楽を殺してやれるのは、自分以外にはいなかった。
背後でした草を踏む音に、笠井はきつくグリップを握って振り返る。
枝葉の間から降り注ぐ月光を浴びて、銃口の先で笑ったのは三上だった。
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