『さぁ、狩りを始めようか』
直接鼓膜を震わせた声に、辰巳はは、と顔を上げた。
機械を通したとき特有の歪みを伴って聴こえたその声は、酷く聴き慣れたものだった。
「三上……?」
小さく呟き、ふと思い至って耳に装着したカフスに指を触れる。
誰もいない教室を出る時、
『辰巳くん』
響いた声に淡々と振り返った彼は、西園寺が投げた小さな箱を反射的に右手で捕まえた。手に収まった瞬間、かたりと軽い音がして、不審気に眼を細めた辰巳に、西園寺は楽しそうに微笑んで見せた。
『三上くんからよ』
『三上から?』
『そう。捨てても構わないけれど、それがあなたに幸福をもたらしてくれるかもしれないわよ?』
くすくす笑う西園寺に吐き気がして、箱をきつく握り締めて踵を返した。
学校を抜け、足早にやや西寄りに位置する林の中に紛れ込む。誰もいないことを確認して、箱を開いた。
中から出てきたのは、鈍色の小さなカフスが1つきり。導かれるように冷たい金属を耳許へ。
そしてそれから流れ出した、護るべき存在の声。
護ると誓った、三上の声。
紡ぎだされた科白の、なんと辛らつなことか。
彼はどんな思いで提案を口にしたのだろう。
笑って、それでも昏かったあの瞳。声の微細な揺れに感じ取ったものはこれだったのだと、辰巳は強く拳を握った。
本当は誰よりも優しい、ことを知っていたから人の心に酷く敏感であることを知っていたから、笑いながら『合法殺人』を促した彼の根底を思うと、どうしようもなく苦しかった。
けれどもしかしたらそれすらも、演技であったとしたら……。
辰巳は緩く首を振った。
そんなはずはない。たとえば出逢ったその瞬間からこの未来が決定されていたのだとしても、今まで共に過ごしてきた時間の中で三上が見せたすべてが作為的なものだったとは思わなかった。
思いたく、なかった。
他の誰が信じなくても、自分だけは三上の本質を理解し信じてやらなければ、今度こそ本当に自分の知る彼が消えてしまうような気がした。
たとえばそれが、自分の命を縮めることになったとしても。
何を思って三上がこれを託したのかは判らないけれど、辰巳にはそれがSOSに思えたから。
体温に同化したカフスの表面はそれでも冷風を受けて硬く冷え、触れた指先から躰が、心が熱を失っていく。
「三上」
呟きは酷く小さく、闇の中へと散り消える。
音のしなくなったカフスにもう一度三上の声を、と静かに祈りながら、辰巳は鞄の中から地図を引き出した。
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