島の東部、縁へと向かって極端な傾斜を描くそこに、集落があった。
ひしめくように立っているかと思えば、隣家まで10mはあったりとまとまりがなく、けれどどこか画一的な家並みは、どれも古びていた。
雨曝しの木造住宅は黒ずみ、割れた窓が暗い中でもいくつか確認できた。割れた硝子の向こう側は、もっと闇が濃かった。
その集落の外れ、森のすぐ近くに外壁を薄く汚しながらも凛とした佇まいをした教会へと、一人の少年が入っていった。
椎名翼である。
錆付いた蝶番に扉の開閉音は歪みを帯び、夜の闇にそれは酷く無機質に響いた。
色褪せたステンドグラスの彩を纏って、月の光が翼の影を大理石に打ち付ける。
乾いた風の音がしていた。
一切の感情を取り払ったかのような無表情ではあったが、その瞳は強烈な怒りを含んで揺らめき、月光を取り込んで僅かに赤褐色に煌く。
「なんでだよ、玲……っ」
覚えた憤りは自分の信頼を裏切った彼女に対するものなのか、それとも彼女の変化に気づくことが出来なかった自分に対するものなのか、翼には判らなかった。
『殺し合いをしようぜ』
そう言った三上に瞠目した渋沢や藤代の表情がふと浮かび上がって、どうしようもない痛みに翼は服の胸元をきつく握り締めた。
脈拍はやけに速く、それはまるで警鐘のように脳の内側に鳴り響く。
空気中に散った光を吸収してぶつかりあう埃の揺らぎが、どこか幻想的で綺麗だと思った。
鳴り止まない警鐘。
冷えていく指先。
翼は床に投げ出した鞄からナイフを取り出した。刃渡り10pほどのサバイバルナイフだ。ナイフ投げの技術でもない限り、相手が飛び道具だとしたら何の意味もない、接近戦用の武器。
けれど翼はそれでも構わなかった。
元より人を殺す気はなかったし、自ら死ぬつもりはないけれど殺されるならそれでもいいと思っていた。
何を信じればいいのか、翼にはもう解らなかったから。
それでも脳内の危険信号に武器を手に取ったのは、死ぬ前にもう一度逢いたい人がいたからだ。言えずにいたことを、伝えたかったからだ。
何処にいるのかなんて見当もつかなかったし、生きた『彼』に逢えるとは限らなかった。生きて逢えたとしても、それが翼の知る『彼』である保障も、何処にもなかった。
それでも逢いたかった。
せめて最後の笑顔と声をあいつへ。
あの腕の中で「さよなら」と言えたなら。
西園寺や三上を恨む気持ちはあるけれど、出くわしたらきっと殺そうとしてしまうだろうけれど、それでももしも『彼』と生きて逢うことが出来たとしたら、翼はもうそれだけで良かった。
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