13.届かない声  



   


 夜が少しずつ明けようとしている。

 木の洞の中に潜んでいた水野は、空気に混じり始めた白に、何度か瞬きを繰り返した。



 うつらうつらとしながら夜を越えて、何度か聴こえた銃声に怯えながら。



 朝の空気は冷たく硬く、下草に降りた夜露が薄い光にちかりと煌く。





 躰のあちこちが痛かった。

 鞄の中からペットボトルを取り出して、からからに渇いた喉を潤す。固いパンを噛み切って、水野はあたりをうかがいながら外へと出た。





 風が強い。

 ざわざわと啼く木立が、不安を掻き立てる。白けた空に浮かぶ雲の流れは早く、吹き千切られて消失していく様は、まるでこの殺人ゲームに放り込まれた自分たちの行く末に見えた。



 時計にちらりと眼を向けると、5:49の表示。





(嫌な数字だ)





 眉を顰めて、そんなことに縛られていることに苦笑した。







 大きく朝の空気を吸い込む。どんよりと澱んでいたものが浄化されるような感覚がして、停滞気味に思えた時の秒針がかちりと音を立てた。



 囀りが波紋を描いて微かに耳に届き、非現実の中に存在する日常に、何だか泣きそうになる。





「シゲ……」





 あるはずの日常。

 崩れ去った、現の夢。







 逢いたくてたまらなかった、

 こんなにも欲したのは初めてだというくらい、シゲに逢いたくてならなかった。

 邪険に扱ったこともあるけれど、水野の中でこれ程までにシゲは大きな存在だったのだ。

 こんな状況になって、自分がいかにシゲに依存していたのかを自覚して、水野はその愚かしさに自嘲する。









『旅行?』

『ああ、渋沢さんに誘われたんだけど、シゲも行かないか?』

『んー。やめとくわ』









 思い出した会話。

 その時の、シゲの声、表情。





 至上最悪のゲームの始まりを告げられたとき、断ってくれて良かったとどんなにか思っただろう。生死を賭けた政府の莫迦げた遊戯に巻き込まないですんでよかったと、そう思ったのに。







 お前に逢いたいんだ……。



 怖い。

 淋しい。



 いつだって傍にいてくれたのに、どうして今お前はここにないんだよ、シゲ……っ。









 護って欲しいわけじゃない。

 巻き込みたい訳じゃない。



 ただ、傍にいて欲しかった。

 独りでいることが、不安で仕方がなかった。









『タツボン、一緒に行かれんで、ごめんな』





シゲはそう言った。







(ほんとだよ……なんで、一緒にいてくれないんだよ……)



「シゲ……」



 責める理由を権利も、自分にはないのだけれど、それでもそう思わずにはいられなかった。





















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