12.覚悟  






 振り向き様に狙いをつけた銃口の先、逢いたかった大切な人がいつもと同じ、そrえでもどこか屈折した笑みを浮かべていた。





「撃たねぇの?」





 揶揄うように問うた声には余裕があって、笠井はゆっくりと銃を下ろす。





「撃てるわけ、ないでしょう……?」

「俺がお前殺すって言っても?」





 半ばいたぶるような声音。その裏に潜んだ三上の感情に、笠井は気づけない。あまりにも巧妙に隠されたそれに気づけるほど、今の笠井は冷静ではなかったから。





「笠井、オレが銃を向けて、それでもお前は俺を撃たないわけ?」



「意地悪な人ですね」











 殺せるわけが、ないのに。

 俺に、あなたが撃てるわけがないのに。









 たとえ三上が望んだとしても、それだけはきっと、絶対に無理だ。

 残された三上の味わうものが幸福ではないと理解していても、三上の負うものがどれ程重いか推測できても、それでもきっと自分には手を下すことはできない。



 どんな状況でも、生きていて欲しかった。



 生きてればきっといいことがあるなんて、そんな無責任なことは言えないけれど、たとえばそれが三上にとって悪夢でしかなくても、それはとても可哀相で苦しいかもしれないけれど、そんな中でさえ生きていてと願う程に笠井は彼が大切で、自分のエゴが彼を傷付けたとしても、死なせたくはなかった。





 笑みをたたえた、三上の瞳。

 笠井は嘆息するように笑う。









「俺にはあなただけは絶対に殺せないこと、わかっているでしょう?」





 どんなに血を浴びても、それしか生き残る手立てはなくても、三上だけは絶対に殺せないのに、どうして残酷に問う。どうして笠井の気持ちを試すような質問をするのか。



 三上は弱い人間だった。

 強がっているだけだと、ずっと見てきた笠井にはわかっている。

 それでも、笠井の心を探るような質問は、酷く重かったし苦しかった。





「じゃあ笠井、俺が死ねっつったら死ねんの?」





 見つめてくる、漆黒の瞳。

 笠井は一つ瞬いて、静かに銃を持ち上げた。



「それが、あなたの願いなら」



 がちり、と撃鉄を起こす。

 どこまでも盲目的に三上に嵌っている自分を自覚して、笠井は微かに苦笑を漏らし、眼を伏せた。引鉄にかけた指を解く、三上の指の感触。見上げれば、三上が眼を細めた。





「誰が死ねっつったよ」

「…………三上先輩が、俺を信じてくれないのなら、死のうかと思いました。だってその方が先輩の分は更に高くなるでしょう? これは、三上先輩のせいじゃないですよ」





 淡々と紡ぐ笠井に、三上は不機嫌そうに眉を寄せた。

 真摯に見上げてくる、笠井の心。

 三上の望みなら、三上が生き残る確率が少しでも高くなるのなら、自分の死さえも厭わないと、そしてそれを実行に移そうとした笠井があまりにも愚かで莫迦で、それでもどこかで安堵する自分に吐き気がした。



 三上の手が、笠井の髪に触れる。柔らかく撫でるように梳いて、そっと額に口接けた。



「先、輩……?」



 瞠目した笠井に嘲って、三上は足下に転がるしたらに視線を転じる。







「無様だな」

「え?」

「人間は愚かだって言ったんだ。――なあ笠井」

「はい……」

「俺だけは殺せねぇってことは、他の誰でも殺れんの」



「――あなたが望むなら、親友(せいじ)であっても、俺は殺せます」

「ふぅん。気に入った。ついてこいよ」



設楽を爪先で転がしながら言う三上の声は笑いを含んでいる。

笠井はきゅ、と拳を握った。



「……俺のこと、殺さないんですか」

「殺して欲しいんなら、すぐにでも殺してやるけど?」

「――――」



 黙した笠井に、三上は喉の奥で声を立てて笑う。



「俺の盾になんな、笠井」



 誘う声は媚態を帯びたかのように甘く。

 笠井は眼を閉じた。大きく呼吸する。

 自分が殺した設楽の躰から流れ出た血の匂いが香った。



「来るだろ? 俺と」



 振り向いた三上の瞳は昏く沈んでいて、笠井は穏やかな笑みを浮かべて見せた。







「ええ」











 俺は決してあなたを裏切らない。



 だから、不安にならなくてもいいんですよ?






















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