振り向き様に狙いをつけた銃口の先、逢いたかった大切な人がいつもと同じ、そrえでもどこか屈折した笑みを浮かべていた。
「撃たねぇの?」
揶揄うように問うた声には余裕があって、笠井はゆっくりと銃を下ろす。
「撃てるわけ、ないでしょう……?」
「俺がお前殺すって言っても?」
半ばいたぶるような声音。その裏に潜んだ三上の感情に、笠井は気づけない。あまりにも巧妙に隠されたそれに気づけるほど、今の笠井は冷静ではなかったから。
「笠井、オレが銃を向けて、それでもお前は俺を撃たないわけ?」
「意地悪な人ですね」
殺せるわけが、ないのに。
俺に、あなたが撃てるわけがないのに。
たとえ三上が望んだとしても、それだけはきっと、絶対に無理だ。
残された三上の味わうものが幸福ではないと理解していても、三上の負うものがどれ程重いか推測できても、それでもきっと自分には手を下すことはできない。
どんな状況でも、生きていて欲しかった。
生きてればきっといいことがあるなんて、そんな無責任なことは言えないけれど、たとえばそれが三上にとって悪夢でしかなくても、それはとても可哀相で苦しいかもしれないけれど、そんな中でさえ生きていてと願う程に笠井は彼が大切で、自分のエゴが彼を傷付けたとしても、死なせたくはなかった。
笑みをたたえた、三上の瞳。
笠井は嘆息するように笑う。
「俺にはあなただけは絶対に殺せないこと、わかっているでしょう?」
どんなに血を浴びても、それしか生き残る手立てはなくても、三上だけは絶対に殺せないのに、どうして残酷に問う。どうして笠井の気持ちを試すような質問をするのか。
三上は弱い人間だった。
強がっているだけだと、ずっと見てきた笠井にはわかっている。
それでも、笠井の心を探るような質問は、酷く重かったし苦しかった。
「じゃあ笠井、俺が死ねっつったら死ねんの?」
見つめてくる、漆黒の瞳。
笠井は一つ瞬いて、静かに銃を持ち上げた。
「それが、あなたの願いなら」
がちり、と撃鉄を起こす。
どこまでも盲目的に三上に嵌っている自分を自覚して、笠井は微かに苦笑を漏らし、眼を伏せた。引鉄にかけた指を解く、三上の指の感触。見上げれば、三上が眼を細めた。
「誰が死ねっつったよ」
「…………三上先輩が、俺を信じてくれないのなら、死のうかと思いました。だってその方が先輩の分は更に高くなるでしょう? これは、三上先輩のせいじゃないですよ」
淡々と紡ぐ笠井に、三上は不機嫌そうに眉を寄せた。
真摯に見上げてくる、笠井の心。
三上の望みなら、三上が生き残る確率が少しでも高くなるのなら、自分の死さえも厭わないと、そしてそれを実行に移そうとした笠井があまりにも愚かで莫迦で、それでもどこかで安堵する自分に吐き気がした。
三上の手が、笠井の髪に触れる。柔らかく撫でるように梳いて、そっと額に口接けた。
「先、輩……?」
瞠目した笠井に嘲って、三上は足下に転がるしたらに視線を転じる。
「無様だな」
「え?」
「人間は愚かだって言ったんだ。――なあ笠井」
「はい……」
「俺だけは殺せねぇってことは、他の誰でも殺れんの」
「――あなたが望むなら、親友(せいじ)であっても、俺は殺せます」
「ふぅん。気に入った。ついてこいよ」
設楽を爪先で転がしながら言う三上の声は笑いを含んでいる。
笠井はきゅ、と拳を握った。
「……俺のこと、殺さないんですか」
「殺して欲しいんなら、すぐにでも殺してやるけど?」
「――――」
黙した笠井に、三上は喉の奥で声を立てて笑う。
「俺の盾になんな、笠井」
誘う声は媚態を帯びたかのように甘く。
笠井は眼を閉じた。大きく呼吸する。
自分が殺した設楽の躰から流れ出た血の匂いが香った。
「来るだろ? 俺と」
振り向いた三上の瞳は昏く沈んでいて、笠井は穏やかな笑みを浮かべて見せた。
「ええ」
俺は決してあなたを裏切らない。
だから、不安にならなくてもいいんですよ?
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