11.弔い  



   
 動いてはいけないような気がして木の根元に蹲っていた近藤は、近くで聞こえた会話に身を強張らせた。

 一方の声は知っている声で、すぐに中学生に見えない巨躯が思い浮かぶ。最も歳に見合わないのは外見だけで、中身はまったくの天然であったけれど。





 交わされた声はどちらも淡々と冷静でありながら、酷く緊迫した必死さを持っていた。



 血が、溢れる音がして。上から降ってきた数滴の液体が手の甲に付着し、思わず上げそうになった声を慌てて押さえ込む。





 重いものが倒れる音。数秒してから踵を返す気配がした。







 残酷に、時が刻まれていく。







 秒針の規則的なリズムにかたかたと震える躰を宥めすかしたが、足には力が入らなくて、動くことは出来なかった。

 次第に濃密になっていく屍臭にきつく眼を瞑ったが、それは恐怖を助長させるだけで。





 大きく呼吸し、近藤は立ち上がった。

 足を引きずるようにして、声の聴こえた場所へと向かう。見ないほうがいいのは理解っていたけれど、弔ってやりたかった。









 叢を抜けると、むわっと強烈な血の匂いが澱んでいて、黒く広がった血溜まりの中に横たわったつい先刻まで人間だったものに、酷い吐き気と眩暈がした。

 転がったスタンガンは行き場を失った電流が滞留し、青白い光を不規則に飛び散らせている。残された鞄は所々血を吸って、斑に汚れていた。





「なるみ」





 名を呼ぶ声が震える。



 完全に事切れた躰は1ミリも動かず、踏み込んだ足下で粘った血の音がした。

 がくん、と膝が崩れて血の匂いが濃度を増し、激しい吐き気がこみ上げる。







「がっ、げほげほ……っ」







 激しく咳き込み、思わず血溜まりの中に手をついた。



 手の甲を覆う、ぬめった被膜。弾みで跳ね上がった死を象徴するものが、近藤の頬を、服を、心を、汚す。





「けほ……っ、はぁはぁ、かはっ」





 吐き出された汚物がビシャビシャと落下して、血の腐臭と胃液の酸っぱい匂いが入り混じって、酷い酩酊感があった。







 一頻り吐いてから、近藤はゆっくりと躰を起こした。

 虚ろに沈んだ瞳に映るのは、世界の流れから隔絶され閉じ込められて命を止めた、鳴海の横顔。

 緋に穢れた頬をこしこしと拭って、開いたままの眼窩に微かに眉を寄せてそっと瞼を下ろしてやった。





 こんな風にあっけなく、自分も世界と切断されてしまうときが来るのだろうか。血の海に横たわり、止まった時の中から流れ続けるこの悪夢のような現実空間――いや、それはもしかしたら自分が現実であると思っているだけで、本当は存在しないのかもしれないけれど、少なくとも今まで意識が存在した世界を――ただ見つめ続けることになるのか。



 思考が泥沼になる。









 涙が、溢れた。



















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