背 徳  




「 タケル? 」
 耳に届いた声に、タケルはぴくりと肩を揺らした。
( ちがう……おにいちゃんじゃない )
「 さがしたんだぞ 」
 その声に、振り返る。
 案の定、そこにいたのは最愛の人(あに)ではなく、この状況の原因を作り出した太一だった。 もともそれは太一が悪い訳ではないのだけれど。
 少しだけ期待した兄は、いない。
「 タケル? どうしたんだ? 」
 泣きそうな顔をしていた、幼い少年。
 慌てて駆け寄って、草の上に膝をつく。
「 タケル? どっかケガしたのか? 」
 心配そうに覗き込んでくる太一に、きゅっと唇を噛み締めてタケルは首を振った。
 揺れる瞳で、タケルは問う。
「 おにいちゃんは? ねぇ太一さん、おにいちゃんは……!? 」
「 タケル……おまえ 」
 眼を瞠り、笑み崩れて太一はタケルの頭を軽く叩いて立ち上がった。
「 さがしてるよ、ヤマトもおまえのこと。 すげぇ心配してる。 だからさ 」
 太一は手を差し伸べて笑った。
「 早く安心させてやろーぜ。 それとも、あいつが見つけてくれるまでここにいる? 」
 逡巡するような間があって、小さな手がそっと太一の手に触れた。
「 太一さん……、太一さんはおにいちゃんが、好き? 」
「 あぁ。 親友だと思ってるから 」
 に、と笑って太一はタケルの手を握り返した。
       うん 」
 ふわ、と彩やかに笑んで、タケルは立ち上がる。
 心のどこかが安堵していた。
 怯えていたのは、怖くて仕方なかったのは、傍にいられないことじゃない。 そんなことじゃなくて、あの優しい笑顔を奪われること。
 自分一人のものではなくなってしまうこと。
 特別でいたかった。
 握った手は兄よりも少し体温が高くて、タケルはそっと眼を伏せる。
「 タケル             !! 」
 風を割った声に、タケルは は、と顔を上げた。
「 おにいちゃん……? 」
 がさ、と茂みが割れる。
 天から降る光りが髪にぶつかって弾けた。
「 おにいちゃんっ 」
「 タケル!! 」
 名前を呼ばれて次の瞬間には、強い腕の中に抱き取られていた。
 頬に触れた、柔らかな金茶の髪。
「 心配したぞ、タケル……っ 」
「 ごめんね、ごめんね、おにいちゃん 」
 だって、確かなものが欲しかったんだ。
 ボクには、おにいちゃんしかいないから。
 お願いだから。
 独りにしないで。
 ずっとこうやって抱いてて。
 離さないで。





  

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