微かな錠の外れる音に、タケルは眼を開いた。
一瞬の、明減。
「 タケル? 」
久しぶりに聴いた声に、躰の奥が軋んだ。
振り返る。
「 何してるんだ? 寒いだろ? 」
「 ……うん 」
開けてくれた窓をくぐって、暖かい室内へ戻る。
「 遅くなって悪かったな。 夕飯、何がいい? 」
ふわりと笑って台所へ向かう兄の背中が遠く見えた。
どうしてだろう。
同じ男で、それだけならまだ良かった。
それだけなら日本を出ればどうにでもなるのだから。
けれど、それ以前に自分たちは血のかよった実の兄弟なのだ。
禁忌に触れる関係なのだ。
それを知るには3年前の自分は幼すぎて、でも今になってそれを知って、前へ進めない。
あの頃の兄も、多分それを知ったばかりで、それでも今こうして傍にいる事実に胸が痛む。
愛してはいけないと理解っている。
けれど愛してしまった。
愛したいと思ってしまった。
それでも。
禁忌も何も知らずにただがむしゃらに愛していた頃には、もう戻れない。
「 ………… 」
タケルは準備を始めた兄の背から、するりと腰に腕を回した。
「 タケル!? 」
驚いたように振り向けられる視線から逃れるようにして、背に頬を押し付ける。
吐息して、安心させるようにヤマトは自分よりも白い、けれど決して華奢ではない指にそっと触れた。
と、そこで一瞬動きを止めて、ばっとタケルの腕を抜けて振り向いた。
頬に手が触れる。
「 あ 」
「 タケル!? おまえいつから外にいたんだ。
すっかり冷え切ってるじゃないかっ 」
覗きこんでくる、甘い瞳。
タケルは泣き出しそうに笑って、ヤマトの首に抱きついた。
「 じゃあ、おにいちゃんがあっためて 」
耳元で囁いて首筋に顔を埋める。
「 タケ……!? おまえ何いって 」
「
おにいちゃんはっ、ボクをちゃんと好き!? ボクにキスもしてくれないのは、どっかで男同士とか兄弟だからとか、そーゆうこと気にしてるからじゃないの!? あなたにとって、ボクってその程度の存在なの? 壁を壊せるほどの人間じゃないの……?
」
「 タケル…… 」
「 ボクはね、おにいちゃんのこと好きだよ。
一人の人間として、男として、他の事なんかどーでもいいくらい、おにいちゃんのこと愛してるよ!?
」
見上げてくる、潤んだ瞳。
愛しくて、仕方がなくて。
腕の中の、無防備な幼い子供。
いつだって大切で欲しくて、けれど一度欲したら歯止めが効かなくなりそうで怖くて、そっと包み込んで護ってきた大切な子供。
タケルを傷つけるかもしれない。
そう思って触れずにいたのに、それが逆に愛しい弟を傷つけていたのか。
眼に見えない疵から。 真紅の血が溢れる。
声も立てずに泣き出したタケルの痛みが、躰の内に響く。
「 タケル 」
そっと、名を呼んで。
「 あいしてる。 愛してるよ、タケル 」
涙の伝う頬を両手でくるんで、ヤマトは甘く甘く微笑んだ。
泣き顔を可愛いと思う。
そんな風に思う自分は、どこか狂っているのだろうか。
「 ごめんな、タケル 」
囁いて、口接ける。
タケルは眼を見開いた。
拍子、また1つ涙が零れてヤマトの指を濡らした。
「 愛してるんだ 」
唇を触れ合わせたまま、繰り返す。
縋るようにしがみついてくるタケルに貪るように口接ける。
伝わってくる自分よりも少し高い体温に、離れられなくなる。
「 っん 」
タケルが苦しげに呻いたが、ヤマトは緩めようとはしなかった。
否、緩める程の余裕がもうなかったのだ。
きっと自分は、タケルよりもずっと確固たるものを欲していた。
あの言葉を欲していたのは、自分自身。
「 ほかの、だれもいらない 」
飲み込みきれずに顎に伝った液体を舐め取って、ヤマトは細い首筋に見つけた脈の上に、唇を強く押し付けた。
刹那、脈が強く打つ。
「 おまえがいればいいんだ 」
掠れた声が、夜の中に紡がれていく。
ヤマトはタケルの髪に指を入れて、ぐっと自分の方に抱き寄せた。
「 タケル以外、いらないから。
タケルじゃなきゃ、オレはダメだから 」
「 おにい、ちゃん……っ 」
「 おにいちゃんなんて、呼ぶな。 オレは 」
耳元で、囁かれた言葉。
嬉しくて、愛しくて。
「 うん。 ヤマト 」
タケルの唇が自分の名前をかたどるのに、泣きそうになる程の幸福が押し寄せてくる。
ゆっくりと、大切に、崩折れたタケルを抱き上げた。
柔らかい金茶の髪を梳いて、額に優しく唇を落とす。
「 ベット、行こうか 」
END
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