時が流れていく。
 空外は美しい薔薇色に染め上げられていた。 東の方は既に菫色に空は変わりつつあって、そのグラデーションが綺麗だ。
 琉夜を引き上げるのに体力を消耗した杳は、コンクリートに寝転がってそんな空を仰いでいる。 その横には、琉夜が静かに膝を抱えていた。
 お互いに黙り込んだまま、何も語ろうとはせずに、もう三十分以上たっている。
       はるか 」
 風に消えてしまいそうな音量で、琉夜が杳を呼んだ。
「 うん? 」
「 ありがと。 たすけてくれて 」
 視線を向けると、琉夜の揺れる瞳とぶつかった。 杳は小さく笑んで頷く。
「 うん 」
「 杳、その怒ってるか? 俺のこと 」
「 ……どうして? 」
 訊き返すと、琉夜は軽く唇を噛んで、吐息した。
 今度はまっすぐに見つめてくる。
「 リュウ? 」
「 裏切ったこと。 護るって、言ったのに 」
「 ………… 」
「 杳? どうしたんだ? 」
 眼を伏せた杳に、琉夜は戸惑う。 一瞬の沈黙の後、杳は口を開いた。
「 苦しかった。 リュウが離れた時、壊れるって思った 」
 唇から流れ出したのは、そんな言葉。
 琉夜は泣きそうに瞳を揺らす。
「 ……ごめん。 でも、おまえのこと、ほんとに護りたかったから、お前を護るには、敵に回るしかなかったんだ 」
 苦しげに言葉を押し出す琉夜に、杳は眼を向けた。
「 どういう、こと? 」
「 むこうのリーダーになれば、おまえのこと傷つけられないようにできるだろう? 」
 自分が離れることで、杳が深く傷ついてしまうとしても、護りたいと思ったのは本当だから。 自分の力じゃ、そういう方法以外では杳を救えないから。
 だから。
 けれど、痛かったのは自分も同じだった。 杳の傷ついた瞳を見る度に罪悪感に苛まれて、苦しくて仕方がなかった。
 それでも、杳を救いたかったから、少しずつ内部を掌握していじめを緩やかにしてきた。 どんなに憎まれても、初めて手に入れた友人だったから、かつての自分のように苦しんで欲しくなくて。
 けれど、安全にいじめを止められる直前、琉夜は杳の壊れそうな瞳を間近に見て、それ以上動けなくなった。
 どうしようもなかった。
「 リュウ、僕はリュウがそばにいてくれるだけでよかったんだよ? 君が僕のこと友達だって言ってくれたから、僕の事必要だって言ったから、それだけで僕はがんばれたんだよ 」
「 はるか 」
「 だからほんとに、くるしかったっ 」
 意思に反して涙が溢れてくるのを、杳は感じた。
 琉夜が戻ってきてくれたのが嬉しかった。
 安心して、拭っても拭っても涙が止まらない。
「 はるか 」
 泣き声に近い声で呼ばれて瞳を上げると、琉夜の色素の薄い瞳が緩く滲んでいた。
「 はるか 」
 もう一度名を呼んで、琉夜はぎこちなく杳の頬に触れた。 頬を伝う涙を拭って杳を抱き寄せ、同じぎこちない手つきで、杳の髪を撫でる。 腕の中の躰が小さく震えた。
「 ごめん。 ごめん、杳 」
「 うん。 リュウのこと、信じてるから 」
 ぎゅっと背に回された腕に力がこもった。
 言葉と、自分を抱き締めてくる力で杳には解った。
 琉夜も、自分と同じで辛かったのだ。 心が痛くて、苦しくて。
 そして自分自身の心の奥に深く根付いた想い。
 裏切られて、それでも琉夜を信じ続けた訳。 本当に恐れていたもの。
「 リュウ、ありがとう 」
 ふっと上げた視線の先で、琉夜は曖昧に微笑んだ。







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