そんなことがあったのはつい一週間前だと言うのに、杳は37階建てのビルの屋上から、地を見下ろしている。
 「 死ぬな 」 と言ってくれた佳一に罪悪感がない訳ではない。 ただ、もう耐えられなかったのだ。
 あの日から、琉夜は自分に関わらなくなった。 眼が合うと、いつも切なげに笑むだけで、すぐに眼を逸らす。
 けれど琉夜が変わった翌日から、彼が転校してくる以前から杳をいじめていた奴らが、いままで以上に絡んでくくるようになったのだ。
 そうなては、佳一との約束など、杳には何の意味もなかった。 結局選んだのは 『 死 』 だ。
 杳は一度目を伏せ、ゆっくりと瞼を上げた。
 視界に飛び込んでくる街並みと冷たい鉄柵と高い遥碧が、やはり何だか作り物めいて見えた。
 思い出した記憶に鈍く痛んだ心に促されて、杳が柵を乗り越えようとしたその時、屋上の出入り口が前触れもなく開いた。
「 はるかっ 」
「 え……? 」
「 なにしてんだよおまえ 」
 駆け寄ってくる、見慣れた姿。
「 リュウ 」
 掠れた声が漏れる。
 ざわっ、と風が吹き付けた。
「 はるか! 」
 バランスを崩した躰が強い力で柵の内側へ引き戻されて、杳の眼の前を、影が横切った。 乗り越えやすい高さの柵を、杳を引き戻した反動で、琉夜の躰が越える。
「 リュウっ 」
 咄嗟に伸ばした手が、琉夜の手を掴む。 がくんっ、と引っ張られて、杳は床に引き倒された。
 ざっと掌が擦れて、コンクリートに血が滲む。
「 痛っ 」
「 はる、か……っ 」
「 リュウっリュウ………っ。 だれ、か 」
 重い。
 痛い。
 助けて。
 限界を訴える細い腕。
 霞む思考に、その時疑問が浮かんだ。
 何故、助けなければならない?
 たとえ一時でも自分を苦しめた存在を、どうして助けようとしているのだろうか。
 死ねばいい。
 そう思った。
 この手を離してしまえば琉夜は消えるのだ。 しかも事故として。 自分は責められない。
 琉夜が自分を助けて、そして捨てたように、あの時の琉夜のように裏切ってしまおうか。
 リュウが僕を殺したように、僕の心を壊したように、リュウも壊れればいい。 僕のこの手で、粉々に砕けちゃえばいい……っ
 ずるっ、と握り合わされた手が汗で滑って、杳ははっと我に返った。
 今、何を考えていた?
 あまりに恐ろしい考えに、背筋にぞくりと寒気が走る。
「 はる、かぁ……っ 」
 琉夜が呻いた。
「 たすけ、て……はる、か 」
 恐怖の為か、琉夜の声はひどく掠れていた。 弱々しく、杳が今まで一度も聴いたことがない声。
 助けを求める顔が歪んで、ぶるぶる震えて無様だと思った。
 杳はいじめを受けている時、自分はこんな顔をしているのだろうと思う。 怖くて、誰でも良いから助けて欲しくて。
 琉夜もそうなのだろうか。
 僕が、自分をいじめてた人に見えるのかな。 結局ひれ伏すしかなくて。
 何て滑稽で、同時に愛しいのだろう。
( リュウ…… )
 琉夜の中に同じものを感じて、心がきゅうっと痛くなった。 締め付けられる感覚が苦しい。
 握った手にもう一度力を込めて、杳はもう一方の手も重ねた。
「 がんばって 」









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