オレは夢を見ていたのかな。
極彩色の刹那だけの幸福を。
キルアは自分の手を見つめた。
少し前までそこに、腕の中にあったクラピカの体温。
滑らかな白い肌。
衝動的に、けれどそうするのがあたりまえのようで惹かれ合うように唇を、躰を重ねた。
抱き締めた途端、簡単に折れてしまいそうな細い躰はそれでいて柔らかく夢のように思えるほどで、一生の幸福を味わったようにさえ感じた。
躰がまだ熱く軋んでいる。
染み付いたクラピカの匂いがキルアを包む。
壊れてしまう程愛した少年はもうここにはいない。
オレが殺してしまったから。
『 この目をもらってくれ。
私の想いが一番詰まった私の心だから。
お前を愛した証拠として 』
そんなもの、キルアはいらなかった。
クラピカさえいれば良かった。
潤んだ瞳を思い出す。 緋い、涙で潤んだ瞳を。
『 私を殺せ、お前の手で 』
何で殺さなきゃいけない?
『 生きてお前と居るのは苦痛だから、偽りなどいらない 』
何故殺せる?
好きなものを何故自分で葬れる?
キルアにとってクラピカはやっと手に入れた本当のものだった。
唯一の真実だった。
クラピカにもそれは同様で、けれど共にあってはならぬものだった。
共に居られないのなら、この命は意味がない。
クラピカにとってこの世に生を受けたことはキルアと出会うためのものだから、惹かれ合うのに傍にいらないと気付いてしまった以上、この命など必要(なかった。
キルアに出会うために生まれたのだから、もうこの命はいらない。
『 愛してるから死ぬのだよ 』
耳に届けられたその言葉。
甘く優しい、意味とは裏腹な声音。
自然と涙が溢れてくる。
重ね合わせた鼓動も体温も。 心地良い重みも吐息も。
溶けてしまいそうな、躰の芯を熱く痺れさす融け合った想いももうここにはない。
儚い雪のように散ってしまった愛しい者の命。
自分で壊した失うことは許されなかったはずのもの。
キルアの頬に、草木の葉に、大地に飛び散った緋い花弁。
横たえられたその血に染め上げられたクラピカは雨の中で、キルアの瞳の中でぼやけて、けれど完成されたように美しく、生きているのかと疑いたくなる程ただ眠っているような健やかな死顔だったから、抱き締めた骸の冷たさがキルアを現実に繋ぐものだった。
長い睫毛の縁取る、今は閉じられてしまった眼。
最期の瞬間まで緋く輝いてキルアを見つめていた瞳。
切なさに胸が締め付けられて零れる涙がクラピカの頬に落ちる。
クラピカがくれると言ったその眼と、オレの眼を片方だけ交換しよう。
微笑を頬に浮かべキルアはクラピカの瞼を持ち上げた。
眼を半分だけ取り替えて同じものを見るんだ。
お互いのものを分け合ってオレ達は一つになるよ。
キルアはクラピカの緋くなった右目と、自分の右目を抉り出し、自分のものをクラピカに、クラピカのものを自分に埋め込んだ。
刻まれた微笑を深くする。
離さないよ、この腕から。
もう逃げれないよ、オレからは。
( だってオレ達は繋がったから )
凍ったクラピカの唇を、キルアは指でなぞり、それから深く口接けた。
もう戻ってはこない熱。
キルアを包み込んだ体温は、もうクラピカの躰からは去って、触れた部分は氷のようだったけれど、躰に染み付いたクラピカの記憶や刻み込まれた自分との思い出、そして何より自分の持つクラピカへの想いが、キルアを支えていた。
クラピカは還らない。
だからオレがそこへ行く。 どこまでも追っていく。
たとえそこが地獄でもクラピカがいるならそれは楽園へと変わるから。
狂った魔物も全てが神の使いに変わるから、扉を開けて腕を伸ばしてオレを受け止めて。
共に逝こう、死者の都へ。
もう、二度とここへ還ることはなくても、共に逝くなら後悔はしないから。
誰も知らない場所へ
。
END
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