待ち人  




 1月22日、今日は三上亮の15回目の誕生日だ。

 世界は薄い雲に覆われて幾分か暗く、雲を透かして、あるいは切れ間から地上に伸びる光は冷たい銀の色をしていた。時折吹く強い風に、学校周りの木々の枝が擦れる音が辺りに響いている。

 松葉寮の食堂はそれでも暖かく騒がしかった。

 一際五月蝿いのはストーブの眼の前に陣取った一軍メンバーの一人、藤代誠二だ。しかし誕生日を祝う相手である三上が、一向に食堂には姿を見せない。時計の針はもう数分で出かけるべき時間を刺すだろう。

 いくら三上が朝に弱いからといって、これでは遅刻になりかねない。

「辰巳、見に行った方がよくないか?」

 食器を下げてテーブルに戻ってきた近藤が、心配そうに言うのに頷いて、辰巳は時計にちらっと眼をやり立ち上がった。

「フォロー頼む」

 騒ぐ藤代や、今朝早くに出て行った渋沢、そして万が一の時には教師に。

 頷いた近藤から眼を逸らし、辰巳は食堂を出た。無機質な蛍光灯の光が落ちる廊下に、スリッパの音がやけに響いて、訳もない焦燥が辰巳を急き立てる。2階の突き当たり、非常階段のすぐ傍の扉の前にで、辰巳は深く呼吸した。

 扉を叩く。数秒待っても返答はなく、辰巳はもう一度扉を叩いた。

「三上? 開けるぞ」

 一応断ってからノブを回した。

 押し込められていた冷たい空気が流れ出してくる。三上を気遣ったのかカーテンは閉められたままで、室内は薄暗かった。

「三上?」

 声が静寂に波紋を広げる。

 人の気配はない。けれど三上の蒲団は盛り上がり、辰巳は嫌な予感に眉を寄せてカーテンを開けた。

 薄雲を透かしてくる痛い程の銀光が暗闇を侵食していく。

 巽はベッドの所まで引き返すとらしくもなく小さく舌打ちした。

 念の為にと剥いだ掛け蒲団の下には三上の姿はやはりなく、触れてみるとシーツは既に冷たくなっていた。

「辰巳?」

「中西か」

 扉口から聞こえた声に振り返る。柱にしなだれかかるようにして、朝食の席にはいなかった中西がそこにはいた。

「いた?」

 笠井辺りから話を聴いたのだろう、そう問いかけてきた中西に首を振る。

「いや。多分渋沢がでていく前からいなかったと思う」

「へぇ?」

「あいつが出て行くときには俺も起きていたからな。ずっと食堂にいたが、三上は通らなかった」

 玄関はもちろん、三上や中西が度々使う浴場の窓も、食堂の前を通らないことには行くことはできない。食堂にいた辰巳がその姿を見ていないというのなら、既にいない三上がそこを通ったのは辰巳が起床するよりも前のことだ。

 苦々しく吐き出した辰巳に、中西は眼を細める。

「どこいったんだろうねぇ。心当たり、ないの?」

 どこか面白がっているかのように首を傾げて見せた中西に、辰巳は思案するように眼を伏せた。

 三上の行きそうな場所。それも誕生日の朝早くから。

(もしかして、あそこか……?)

 すぅ、と浮かび上がった場所に、辰巳は躰の奥が一瞬軋んだような気がした。

「……ないことは、ない」

「ふぅん。行ってきたら? 迎えに。皆には上手く誤魔化しといてあげるよ?」

「頼む」

 にこりと微笑んだ中西にすまなそうに眼を細めて、辰巳は寮を抜け出した。







 緩やかな震動が続く車内には、三上以外の人間は数人しかいなかった。暖かい空気に震動は酷く心地良く、眠気を誘う。

 纏う雰囲気のせいか、実年齢どおりに見られないことはしょっちゅうだとはいえ、平日のもうすぐ学校が始まる時間帯に列車に揺られる彼を、切符を切りに来た車掌が奇異な眼を向けたが、元来そういうものを極端に気にするはずの三上は注意も払わずにただぼんやりと流れていく外の景色を眺めていた。

 軽快に後方に去っていく景色は寒々しく、空には雲が垂れ込めていて空気は薄暗い。

 頬を押しつけた窓ガラスは冷たく、気持ちが良かった。

 眼を伏せ、息を吐く。しばらく闇に沈んでいた三上は、上着のポケットの中で震動した携帯に眼を開いた。

「はい」

『三上か!?』

「……辰巳?」

 受話口から流れ出た聴き慣れた声に、僅かに眼を見開く。

 微かに安心したような吐息が聴こえた。

『ああ。今どこにいるんだ?』

「おまえこそどこにいんの? もう授業始まってるだろ?」

『三上!』

 はぐらかした三上に、辰巳は忠告するような声を上げた。

「わりぃ。……今、列車ん中」

 素直に返した三上に、辰巳は一瞬間を空けた。

『そうか。そうだとは思った』

「……うん。で、辰巳は? どこにいるんだ?」

『三上が行こうとしてるところに向かう新幹線の中だ』

 刹那、電波が飛ぶ。

 三上は息を詰めた。

「なんで……学校、戻れよ。優等生が学校さぼんな」

俺のことなんかで、無断欠席してほしくない。

「俺も、ちゃんと今日中に帰るから」

『いや、近藤と中西にフォロー頼んでおいたから平気だ。それに、もう遅い』

「たつみ」







 一時間後、待ち合わせた喫茶店に辰巳が姿を現した。

 クラッシクの流れる店内には時間帯のせいか客は少なく、静かだった。

 一番奥のテーブルでコーヒーを飲んでいた三上は開閉時の鈴の音に顔を上げ、辰巳を見留めて軽く手を上げた。

「三上」

 荷物を降ろし、注文を聞きに来た店員に「コーヒーを」と答えて、辰巳は向かい側のシートに腰を下ろす。数瞬の沈黙を挟んで、辰巳は息を吐いた。

「あんまり、心配させるな……」

「……うん。悪かったな」

 眼を細め、辰巳は手を伸ばして小学生時代にしていたように三上の頭をくしゃりと撫でた。されるがままな三上に、何故か安心した。

 運ばれてきたコーヒーの湯気が、ふわりと漂う。

「誕生日、おめでとう、三上」

 微笑した辰巳に、三上は照れたように笑った。

「さんきゅ」

「プレゼントは寮に置いてきたから後でな。――三上、もう行ったのか?」

「いや。辰巳と一緒にいこうと思って」

 多分、一人で行ったら泣いてしまうから。

「ああ、そうだな。その後は映画でも見に行ってみるか? どうせ学校には休みの通知がいっている」

「優等生にあるまじき発言だな。でも、いいぜ。丁度見たいもんもあったし」

 笑う三上に苦笑して、辰巳はコーヒーに口をつける。

 それは三上が浮かべた作った笑みのように苦い味がした。









END









あとがき


 ちゃんと終わってませんね。えと、三上が向かったのはお兄ちゃんのお墓です。祝って欲しかったのですよ、誰よりもお兄ちゃんに。

 てか誕生日なのにこんな話でいいのか自分。いいんです。書きたいこと書いたのだから!

 辰巳さん、デートのお誘いとかしてるし?結局墓参りした後、昼食べて映画見て帰る、ですか。完璧デートコースですよ?しかして映画は何を見たんだろう・・・。