気まぐれ。  






 日が暮れ始め、空が紅く染まりかけている。無機質なオフィスビルやコンクリートの道路は茜色に染め上げられ、ショーウインドウに反射した陽光が、きらきらと砕けて踊っていた。

 道行く人々は赤金の光の粒を纏い、夕方になっていっそう冷たさを増した風に白い息を吐き出す。

 刻々と光の失われていく空を見上げ、時計を確認して三上はマフラーを口許まで引き上げた。

(冬休み最後の日だっていうのに)

 小さく舌打ちし、三上は角を折れた。人波を縫い、幾つかの角を曲がって、公園の前で足を止める。

「いつまでついてくんの?」

 放るように背後の足音に問いかけた。

「あれ、気づいてたんだ」

 返った声に溜息を吐き、三上は声の方を振り返った。目の前に佇む三人の男を無遠慮に眺めて眼を細める。

「ルックスは悪くなし」

 呟いた声は小さく、相手には届かなかったようだ。首を傾げた相手に「なんでもねぇよ」と答え、三上はにやりとした笑みを浮かべてみせる。

「普通に声かけてくれば遊んでやらねぇこともねぇのにな。うっとうしい男は嫌われるぜ?」

 投げつけられた言葉に含まれた明らかな嘲笑に、背高い男がカァッと頬を高潮させた。一気に距離をつめ、ぐっと三上の胸倉を掴み上げる。

 三上は冷えた眼で相手を見返した。

「すぐ力に訴える奴も、人間として嫌われるぜ? 減点20点ってとこか」

「ああ!?」

 眉を逆立てる男に、三上は一瞥をくれる。

「――――放せよ」

 冷淡に言い放つ。

 睨み上げる瞳の強さに圧倒され、緩んだ手を、三上はパシッと払い除けた。

「もうちょっと腕を磨きな、お兄さん方?」

 くるっと踵を返す。

「ま、まて!」

 上擦った声に、三上は振り返らない。

(待つわけねぇだろ、バァカ)

 心の中で毒づく。

 ふ、っと気配が移動した。

「待てっつってんだろ!?」

 怒鳴り声がすぐ近くで響いて、身構える暇もなく手首に圧迫感が加わった。乱暴に引き寄せられ、抵抗もできずにバランスを崩す。

「っ」

 息を詰めた三上の手をもう一人の男が捕らえ、三上は踠(もが)いた。

 司令塔の命である足も本人たちは無意識だろうがうまく抑えられ、力のない三上に2人がかりの拘束はきつかった。

「はなせよ……っ」

「騒ぐんじゃねぇ」

 低く押し殺した声に、三上はぎっと相手を睨みつける。今度は男たちは怯まなかった。否、確かにその強さに圧倒されてはいたのだけれど、それ以上にそこに潜む気高さに吸い込まれていた。

 三上は呼吸を整え、挑発するように哂う。

「――おまえらって、いつもこんなことしてんの」

「あ?」

「顔はいい線いってんのに、こんなことしてんのは彼女がいないからじゃねぇの?」

「っ!」

 息を詰めた男に、三上はにやりと口の端を吊り上げる。

「俺だってこんなことする男は願い下げだぜ」

 莫迦にしたように哂う三上に、男たちに隙が生まれた。にやりと笑い、三上が体重を移動させた時、

「その人を放せっ」

 第三者の強い声と共に、サッカーボールが男の手に勢いよくヒットした。小さく呻いて思わず手を放した男に気を取られて緩んだ拘束から三上は腕を奪い返す。

 反応を示したもう一人の男を三上が蹴りつけようとする寸前、熱い手に手首を掴まれ引き寄せられた。

「走れるか!?」

「え、あ、ああ」

「じゃあ逃げるぞ」

 迫る男の手を軽く蹴り上げ、高くも低くもない声で囁いて、いきなり現れた黒髪の少年は三上を強く引っ張った。はじかれるようにして駆け出す。

 地を蹴るたびに揺れる闇色の髪に常夜灯の光が反射して風に散った。

「な、おまえ、ボールはいい、のか?」

ふと思い出して、息を継ぐ合間に問いかける。

「さっきぶつけた? あれは公園に忘れられてたやつ」

「そっか」

 ほっとしたように呟いて呼吸を走るペースに合わせた三上に、少年は微かに笑む。

 速度を上げて三人の男を振り切り、武蔵森学園の校門前で少年は減速した。それが偶然なのかどうか、三上には判らない。

 上がった息を整え、少年は顔を上げた。

「大丈夫か?」

「……ああ」

「そう。あ、手首、痕残っちゃったな。冷やそうか」

「触るな」

 心配そうに触れてきた手を、三上は振り払った。

向けられた強い瞳の彩に、少年はすぅ、と眼を細める。

「何の、つもりだ?」

 低く問われて、少年は微かに首を傾ける。

「何が?」

「なんで、助けた?」

 言い直された問いに、少年はぱたぱたと眼を瞬(しばたた)いた。

「なんでって、迷惑だった?」

「迷惑っつーか、てめぇなんかに助けられなくても平気だっつってんの」

「なっ、んだよ!? そのい」

「でも!」

 カ、っと頬を紅潮させた少年の声を、三上は強く遮った。

「……でも、さんきゅな」

「――え、あ、うん」

 真逆の印象に戸惑って、少年は頷く。三上は松葉寮に眼を遣り、流れてきた髪をうっとうしそうに掻き上げた。

「おまえ、これから暇?」

 本人無自覚な妙に色っぽい流し目で問われて、一瞬どきりとする。

「まぁ、暇、だけど」

 平静を装って答えた少年に、三上は悪戯っ子のような表情を浮かべ、コートの裾を翻した。

「じゃあ来いよ。礼の1つに熱いコーヒーでも淹れてやる」

 歩き出した三上に少年は眼を見開き、呆れたように笑った。

「なんだよ?」

「あんたって、偉そう」

「そう、じゃなくて実際俺様は偉いんだよ。早く来い。え、と……」

 名前が解らず途切れた声に、少年は口を開く。

「ああ、俺は一馬。真田一馬だ」

教えられた名に、三上は振り返る。

「真田……? どっかで聴いた名だな。会ったことあったか?」

「ないけど、俺はあんたを知ってるぜ。三上亮、だろ?」

 確認に問いかける真田一馬と名乗った少年に、三上は眉を寄せた。

 名乗った覚えはないし、初めて逢ったのだと本人から言われたばかりだ。では、何故?

 黙したままの三上に、一馬は苦笑する。

「そんなに警戒するなよな。サッカーやってるやつで、武蔵森の司令塔知らない奴なんてほとんどいないって」

 強豪武蔵森に置いて、ゲームメイクを担う司令塔の存在(やくわり)は酷く重い。もちろん一人一人が高い技術を誇り、サッカーに懸ける情熱のためか、それとも志同じくする仲間との寮生活の影響か、選手間に強い信頼と絆があるとはいえ、高次の思想ゆえにそれを纏め上げるのは、なまじの選手では無理だ。

 強い精神力と、不屈の闘志、仲間を信ずる心根と、常に周りを意識することができ、躰に空気が染み込むようにそれはありありと揺れる空気に味方の位置を知れる感覚を有して、また同時にすべての選手に信頼されて初めてすべてが上手くいく。センスと人間性の問われる、重要なポジションだ。

 現在の武蔵森司令塔である三上は、そのどれをも兼ね備えていた。

 その気迫のこもったプレーと、状況に応じて寸時に型を変えることのできる柔軟さと独創さ、そして眼を引く鮮やかで正確な配給とその美しい容姿は、サッカー少年の間では知れ渡っていたりする。

 もちろんそんなことは知らない三上は、完全に足を止めて躰の向きを変えた。

「サッカー、やるのか?」

 問いかけ、先程の正確なキックを思い出す。

「まぁな。にしてもやっぱり直に見ると迫力ある。聴いてた通り、俺様主義な美人」

 笑った一馬に、三上は不機嫌に眼を細めた。

「聴いてた?」

「そ。藤代と、渋沢サンから」

「あの2人と知り合いか?」

「知り合いっていうか仲間?」

 僅かに顔を顰めて答えた一馬に一瞬思案し、思い至って三上は息を吐いた。

「ユースか」

 そういえば藤代から聴いたことも雑誌で見たこともあったな、と思う。

「男の顔なんざいちいち覚えてねぇからな」

「普通はそうだよな。俺が三上サンのこと覚えてたのだって、半端じゃなく綺麗だったからだし」

 後半は小さく三上の耳には聴こえなかった。首を傾げて見せた三上に「なんでもないから」と答えて、一馬は歩き始める。

「行こうぜ。淹れてくれるんだろ? コーヒー」

「――ふん、いいぜ。ああ、真田」

「何?」

「年上には礼儀払えよ。俺に簡単にタメ口なんか効くな」

 傲然と言い放つ三上に一馬は呆れて微笑み、頷いた。

「仰せのままに?」











つづく、かも。







あとがき。

 はい、真三馴れ初め編です。まだ三上2年生です。先輩から司令塔の座を奪ったばかりなのです。てか司令塔、勝手にいろいろ書いてますがどうなんでしょうかね? でも信頼が一番必要なポジションだと思うのです。

 一馬の口調が落ち着きません。しゃべらせにくいです。原作でそんなにしゃべってくれないから…。うう、最後なんか中西っぽくなってるし。でもこんな一馬もいいんじゃないですか?たまには。ヘタレ一馬も好きですが、かっこいい一馬が大好きだ。

っていうか三上ひたすら偉そう…。