「寒いですね〜」
白い息を吐き出しながら、笠井がにこりと微笑む。
根岸はくらりと眩暈を覚えた。
両想いになって、どれだけの時間が流れただろう。
それはまだほんの僅かにも過ぎない時間。けれど短すぎるとさえ言える共有時間はかけがえのない長さで根岸の中に更なる想いを紡いでいく。
告白に頷いてくれた笠井は、何を思っているのだろうか。
気まぐれで同性と付き合えるようなタイプの人間ではない。
同様に、本気じゃなければ付き合わない人間だろう。
けれど、本当にそうなのか。
自分は笠井の何を知っているのだろうと、何度も不安になる。
それは笠井が『言葉』を口にしないせいなのか、それとも初めて同性を愛したことで臆病になっているからなのか、根岸には判らない。
「先輩?」
「あ、うん、なに?」
黙り込んだままの根岸の瞳を、笠井が不思議そうに首をかしげて覗きこんでくる。
どぎまぎしながら答えると、笠井はくすくすと愛らしく笑った。
「どうしたんです? なんだか上の空ですけど」
「そう、かな。なんでもないよ」
「そうですか?」
そこで少し笠井は瞳に心細い彩を滲ませた。
敏感に気がついて、根岸は戸惑う。困惑しながら見つめる根岸に、笠井は柔らかく笑って見せた。
「大丈夫ですよ」
それはまるで自分に言い聞かせるかのように。
何が?
そう問いたくなる。
けれどその笑みはあまりにも透明で、言葉を生む力を与えてはくれない。
言い淀む根岸に、笠井は静かに瞳を伏せる。
「ただ……」
「ただ?」
鸚鵡返しに繰り返した。
滅多に気持ちを口にしない笠井が、何かを伝えようとしている。その事実に胸が痛んだ。
「俺が何をしてても、先輩は何も言わないでしょう? いつも、なんだか上の空だし」
「……ごめん」
「いいんです。でも、俺は本当に先輩に想われてるのかなって、不安になる」
静かにそう口にする。
根岸は眼を見開いた。
まさか、笠井がそんなことを想っているとは思わなかった。
いつも笑っていたから。
いつも穏やかに傍にいてくれたから。
でも、考えてみればそうなのだ。
笠井はそういう性格で、そして彼もまた男性なのだ。同性愛に悩むのは、己だけではない。
「ごめん、おれっ」
「わかってるんです、ちゃんと。根岸先輩はいつだって全身で俺を好きだって言うから、その言葉を疑ったことは、一度もないんです。だけど」
それでも不安なのだと。
「笠井……」
呟くように名を呼ぶ。
見上げてきた笠井の瞳が、微かに濡れて揺れ動いた。
どきりとする。
こんなにも、笠井は可愛かっただろうか。綺麗だっただろうか。
ああ、自分は、笠井が好きだ。
「笠井」
「はい」
「手、つないでも、いいかな?」
ゆっくりと、手を差し伸べる。
数瞬の間があった。
夕闇に染まった時間帯とはいえ、もしかしたら誰かに見られるかもしれない。
根岸の思考から欠落したそれを、笠井は冷静に考えているのかもしれない。
そしてそれは自分のみのためではなく、すべてが根岸のためであるのに、気づいただろうか。
自分は、誰に何を言われても構わないのだ。ただ、根岸が辱めを受けるのは嫌だった。
その躊躇いが生んだ間に、根岸の表情が沈む。
笠井は柔らかく眼を細めた。
「はい」
ようやく返事を返して、そっと冷気に冷えた掌を重ねる。
温かい、大きな手。
この人といると、安心する。
そう思う。
「根岸先輩」
緩やかに歩みながら、笠井は上目遣いに根岸に視線を向けた。
その仕種に、根岸は惑う。
「な、なに?」
「今まで、一度も言ったことなかったけど」
吐き出された息が、白く濁る。
笠井は風に流された髪を掻き上げた。
「俺、先輩のこと好きです。すごく」
きっぱりと言い切った。
「あ、ありがと……。おれも、笠井すき」
無性に照れて、俯きながらも根岸は想いを口に出す。
笠井が微笑んだ。
わかっています、と。
知っていますよ、と。
根岸は重ねた手を強く握りなおした。
愛しい人よ、寒い闇の中に、ただ手をつないであるこう。
END
あとがき。
さてさて根笠にございますよ。
初カプリですね。でもずっとやりたかった二人組みなのです。
でも勢いで書いたので曖昧っていうかなんていうか。笠井がなんだか柔らかすぎたし…。
でも根岸って穏やかだから、相手にしてたら笠井もふんわりなりそうです。けど根岸を言葉巧みに遊ぶ笠井も見て見たいかもしれないです。誰か書いてくれないかなぁ。
そんなこんなで初根笠。
楽しんでいただけたのなら幸いなり。
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