闇の中に電子音が響く。
汚泥のような生温い眠りに引きずられた、覚醒しない意識のまま、それでも枕許の携帯を引き寄せた。
こんな時間に電話してくるのは、家族化『彼』だけだ。
青白く浮かび上がったディスプレイに表示された名前を薄ぼんやりとした視界の中で確認し、通話ボタンを押す。
「……はい」
苦労して喉から押し出した声は掠れていて、夜の空気が僅かに震動する。
『せんぱい?』
小さな、呼びかけ。
電話越しのその声が微かに泣きそうな感を帯びていて、中西は眉を寄せて身を起こした。
「どうしたの? 何かあった?」
邪魔な髪を掻き上げて横目に確認した時計が示すのは真夜中の二時過ぎ。就寝してからまだ一時間弱しか経っていないのかと、息を吐き出す。
電話の向こうは、沈黙したままだ。
「笠井?」
『あ……ごめんなさい。寝て、ましたよね?』
「別にいいけど、何?」
促すと、ためらうような間が置く。
中西はサイドテーブルから煙草の箱を取り上げた。火を移し、窓を開け放つ。
ぱたぱたとカーテンが風を孕んで裾を揺らした。
空には円なる月が冴え冴えとした光を放ち、夜を我が物顔で支配している。王者の使者たる硬く冷たい風が吹き込んで、頬を撫でていった。
吐き出した紫煙は細く渦を巻き、風に散らされて掻き消える。
『…………たい』
「え?」
ノイズの混じった小声を聴き取れずに、中西は反問した。
『あいたい……。中西先輩に、あいたいんです』
届く声が含む、確かな痛み。
中西は微かに眼を細める。
「笠井……? 泣いてるの?」
問いかける声は、それでも普段通りに深く澄んで、闇に響く。
『いえ……』
「そう? 何か辛いことでもあったんじゃないの?」
『……どうして、そう思うんですか?』
「だって、おまえが『会いたい』なんて言うの、珍しいじゃない」
そう、ほとんど初めてといっていい程に。
『……大したことじゃ、ないんです』
「そう?」
だったらどうして、逢いたいなんて言う?
泣きそうな声をしているの?
『せんぱい』
「うん?」
「今の、忘れてくださいね」
やたらと明るい声がそう言って、中西は眉を潜めて煙草を灰皿に押し付けた。
妙な苛立ちを感じたが、それでも中西は黙す。
『それじゃあ、こんな夜中にすみませんでした。おやすみなさい』
「笠井」
『はい』
「独りで抱え込むのは、おまえの悪いクセだよ。俺は余計なことに関わるのは好きじゃないけどね、笠井。おまえが望むならいつだって手を差し伸べてあげるよ?」
電話の向こうが沈黙した。
吹き込む夜気に、髪が揺れる。
「かさ」
『先輩』
「……うん?」
『もしも俺が、罪を犯したとしても、先輩は俺のこと、好きでいてくれますか?』
「笠井、何かしたの?」
『いえ……そうじゃ、ないですけど』
言い淀む。
電話の理由を話そうとしない笠井に中西は小さく溜息をついた。
「もしそうだとしても、俺は笠井のこと愛してるよ?」
それでも、返す大切な言葉。
いつもと同じく調子で与えられた言葉の真偽は定かではなく、それでも笠井を救うのには十分な熱があった。
「おやすみ、笠井」
『はい。おやすみなさい……』
END
あとがき。
今回は甘い感じの中笠を書いてみました☆
中西は既に大学生で、笠井とは離れ離れ。結構遠いところにいて、笠井は何が何だかよくわからないけど心細かったらしいお話ですね。本当はこのあとに続きがあって、今度は笠井視点で次の日なんですけど、中西が逢いにきてるんですよ!!
でもそこまで書くのも何だかなぁって思ってやめちゃいました。えへ。
っていうか中西かっこいいじゃんよ。ああもう好きだ〜っ
以上。
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