「どういうつもりですか?」
開口一番そういった笠井に、煙草に火を点けながら中西は視線を流した。
「ん〜、何が?」
返った言葉に軽く眉を寄せた笠井に、中西は微かに笑う。
「何が、じゃないですよ。三上先輩のことなんだと思ってるんですかあなたは」
「可愛い恋人?」
「……じゃあ、俺は?」
「オモチャ」
硬い声で発した問いに、一瞬の間も置かずに一切迷いのない答が返ってきた。
それは、訊かずとも理解っていた答。
自分と中西の、曖昧でそれでいて単純であるが故に複雑な醜さを纏った関係の愚かしさと愛しさと。
笠井は唇を噛む。
「三上先輩のこと、本気なんですよね?」
何度も繰り返した言葉。返るのはいつだって謎掛けのような本心の理解らない言葉だと判ってはいるけれど。
「どうかな? どう思う?」
煙を吐き出して笑う中西に、笠井は眼を細める。中西は喉の奥で笑い声を立てた。
「冗談だよ。本気も本気。俺、三上のこと愛しちゃってるから」
本気ともつかない軽い調子の答が返って、笠井はきつく拳を握った。眼を細め、煙を賺し見てくる瞳に、喉が渇く。心が、重い。
「――――それじゃあ、三上先輩伝手で俺のこと呼び出すの、やめてくれませんか」
中西からの呼び出しを伝えるときの、三上の瞳の彩。不安と探るような彩を綯い交ぜにした、苦しそうな瞳。
あの人は、いつもどんな気持ちで呼び出しを伝えているのか。笠井が中西といるのを、どんな思いで見ているのだろう。平気そうな顔を装って、その実酷く狂おしい瞳をして、眼が合うとすぐに逸らされてしまう瞳に見るのは、どうしようもない儚さ。
笠井自身、三上が抱えたものを考えると酷く苦しくなる。自ら望んだ訳でも、中西を愛している訳でもなかったから、何となく続いてしまった関係だから、余計に。
三上に対して報われない思いを抱き、中西との醜悪な関係を拒むことも出来ずに、その負い目も手伝って三上と話す度に心はズキズキと痛んで悲鳴を上げた。
「どうして?」
優しい声。甘く魅惑的な、悪魔の声。
笠井は深く眉間に皺を寄せた。
「俺のことからかって、そんなに楽しいですか」
「楽しいよ?」
「っ」
さらりと返されたのはあまりにも予想通りに過ぎて、笠井はぎゅうと拳を握り込む。
「あなたは」
「うん?」
灰皿に灰を落とし、中西は眼を細める。笠井は一つ瞬き、煙の向こうを強く見据えた。
「あなたは三上先輩の気持ちを考えたことがあるんですか? あの人がどんな思いで俺に呼び出しを伝えるか、考えたことあるんですか!?」
責める声音に煙をくゆらせながら中西は薄く笑むだけだ。
「俺に、あの人を苦しめさせないで下さい」
三上がどれだけ中西を好きか、笠井は知っている。それは見ていればあまりにも明らかで、けれどそれはそれだけ笠井が三上のことを気にしていたからかもしれないけれど。
三上の瞳に浮かぶ痛み。自分が与えてしまう、苦しみ。
大切な人をどうして苦しませなければならない? どうして中西はそんなことをさせる?
どうしようもない痛みを抱えているのは三上だけではない。彼の苦しみは付加を織り込んで笠井の痛みでもあった。
「笠井」
甘さを含んだ声が、名前を呼ぶ。
「こっちへおいで」
柔らかく誘う声が、躰を食む。
「嫌です」
跳ね除けるように言い捨てる。けれど声に足は床に縫い止められたように動かなかった。
「笠井」
静かな声が名を呼ぶ。
笠井はきつく奥歯を噛み締めた。
「どうしたの、笠井? 何が辛いの?」
答を知っていながらも残酷に問う声は甘やかで。
「そんなに三上に呼び出し伝えさせるの、嫌?」
「あたりまえですっ。あの人はあなたが好きで、俺が、あの人のこと好きなの、あなたは知っているはずでしょう!?」
「知ってるよ。だから三上伝手で呼び出すんだもの。お前を楽にしてやるつもりはないよ、笠井」
限りない優しさが紡ぐ、ひたすらに重く冷たい言葉。
眼を細め、中西はそっと手を差し伸べる。
「おいで笠井」
「嫌だって、言ってるでしょう?」
抗えないのを承知で、笠井は首を振る。
「おいで」
「いやです……っ」
お願いだから、
呼ばないで、その声で。
見つめないで、その瞳で。
絶対の強制力を持って視線が舐めるように笠井の心を絡めとる。諦めたように息を吐き、笠井はぎこちなく中西の待つベッドに歩み寄った。
手首を捉えた、中西の体温。
引き寄せられて、(施錠したっけ)と妙に現実的なことを考えた。
「おまえは俺から逃げることなんてできないよ、笠井」
耳から入り込み、呪縛する声。笠井を戒める鎖は本当は弱くて醜い自身の心が生んだものかもしれなくて、それでもそこに鍵を掛けているのは残酷なほどに甘い、愛のない中西の声なのだろう。
首筋に触れる、生温く、柔らかい感触。唇の。
「楽になんかしてやらないよ? ずっとこの腕の中でもがき苦しみ続ければいい」
この狭い監獄で、気丈な表情でそれでも泣いて見せて。何があっても忘れないように、俺という人間が存在した証を、刻み込んで。
手の甲がちり、と熱く灼ける痛みに眉を寄せて小さく呻いた笠井の唇を、中西は塞ぐ。
「おまえは俺のものだよ」
一生俺からは、逃げられない。
低くて甘い声で、睦言を囁くように耳朶を噛み、そのまま溺れるように細い躰を掻き抱いてベッドに沈んだ。
貪り合うように唇を重ねて、淫らに晒け出す罪は芳しく、世界が滲んでいく。
罪深い科人の、赦し難くそれでいて至上に美しい捩れた関係が、また大きな歪みを呼び、それを繰り返して、そうしてゆっくりと錆びた歯車が軋みを上げながら狂っていくのを、最早止める術は何処にもなかった。
END
あとがき
中笠第二段!やっぱり楽しいっすね、この二人書くの。日記にだらだらと綴ったやつのリメイク版です。
いやさ、なんていうか中西ならやりそうだよね、笠井いじめるように三上に呼び出し伝えさせるの。結構三上にとっても残酷だと思うんだけど、まぁそれはそれでなんらかのフォローはあるんだと思います。あいつ抜け目ないから。
一回真面目に中笠のえっちぃ話書いてみたいですねぇ。
だって中三で笠→三前提の中笠はそれがなくちゃあ。ねぇ?
このカプリ書くのって実はこの上なく勇気がいるような気がします。需要ってあるんですかね?不安一杯ですが、好きだから書いちゃいましたけど、やっぱり同士がいるのか不安なので、もし良かったら感想とか下さい。ええもう切実に。
ではではまた次の中笠で(笑)
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