Sweet Gamble  




真夜中だった。

強烈な喉の渇きを覚えて眼を覚ました水野竜也は、眠っている同室者たちを起こさないように気をつけながら廊下に出た。 シン、と寝静まった廊下を、非常灯の仄暗い光に頼って自販機のある場所まで歩を進める。

漏れてくる、人工的な白い光。

眩しげに細めた視界の中に、寝ているものと思っていた同室者の一人――三上亮を見留めて、水野は僅かに眼を見開いた。

設置された木の長椅子に腰掛け、壁に背を預けてぼんやり途中を見つめた三上の腿の上、両手で支えられた紙コップには、コーヒーがほとんど口をつけられないまま残っている。

( ………… )

 数瞬の間の後、関係ないと割り切って水野はそこに足を踏み入れた。

 音に反応した、筋肉は付いているというのにどこかしら細く見える肩が微かに揺れる。

 ちらりと向けられた漆黒の瞳は、すぐに伏せられた。

 自販機の白光の中に浮かび上がった眠るようなその表情は妙に色っぽくて、水野の中で何かがぎり、と痛む。

 どこか、壊れそうに。

 唇を噛み締め痛みを抑えつけ、水野は自販機にコインを投げ込んだ。 同じ場所にはいたくなくて、カップを手にそのままそこを出ようとした水野は、耳に引っかかった声に足を止めた。

 振り返る。

 やる気のなさそうな漆黒の瞳が、水野を見ていた。

「 ……水野 」

 今度ははっきりと、低く掠れた声が届く。

 ずき、とどこかが軋んだ。

「 ここ、座れよ 」

 自分の隣を示した三上に、水野は沈黙を返す。

 三上は嘆息した。 次瞬向けられた瞳は、強く、昏い。

「 こいよ 」

「 ……なんで 」

「 暇なんだよ 」

 簡潔に返された答に、水野は形の良い眉を顰めた。

 話し相手になれ、と言うのか。 互いに良い感情を抱いていないのに、その自分に傍にいろと……?

     

 黙した水野を、三上は見上げる。

「 どうせ部屋帰っても眠れねぇだろ? 」

 探るような瞳に深く息をついて、水野はそれでも促されるままに三上の隣に腰を下ろした。

 無言でプルトップを引いて、渇き切った安らぎを流し込む。 同じようにカップを口に運んだ三上が微かに眉を顰めるのを感じて、水野はちらりと眼を上げた。

「 あんた、コーヒー好きなの? 」

「 ああ 」

 じゃあ、何故そんな表情をする。

 不審そうに見てくる水野に、三上は苦笑した。

「 不味いんだよ、自販のは 」

「 それでも買うんだ 」

「 カフェイン中毒だな 」

 微かに漏らされた笑みに水野は眼を伏せ、もう一度三上を見た。

    まずいんなら、飲むのやめれば? 眉間にシワが寄ってる 」

 そう言って差し出された缶。

 三上は数瞬の間を置いて、それを受け取った。

「 さんきゅ 」

 素直に礼を述べた三上の表情を見ずに、水野は手を差し出す。

「 そっちかして。 俺が飲む 」

 もったいないから、と最もな科白を吐いて、三上は言われるままにカップを手渡した。

「 悪いな 」

      あんたからそんな殊勝な科白聴けるなんてな 」

 叩かれた憎まれ口に不機嫌そうに眉を寄せ、それでも三上は何も言わない。 そんな三上に水野は微かに笑んだ。

「 それ、全部飲んじゃっていいぜ 」

 紡がれる声は気のせいか、少し柔らかくて。

 互いに無防備になっているのは周りに人がいないせいか。 それとも甘く深い夜の匂いのせい?

 どちらにせよ、今は反論する気も起きなかった。

 何となく、心の奥のほうが痛い。

 ほとんど残っていたコーヒーが飲み干されるのを何とはなしに見ていると、疼きにも似た脈動が三上を支配する。

 訳もなく触れたくなった。 触れて欲しいと思った。

「 みずの 」

「 なに 」

「 おまえ、好きなやついんの? 」

 唐突な質問に、水野は色素の薄い瞳を細める。

「 …………女に興味ない 」

「 それって今はってこと? それとも 」

「 今は、だ 」

「 ふぅん。したいって、思わねぇの? 」

 ストレートに訊いてきた三上に、刹那水野の瞳が動揺したように揺れた。

 意味を推し量ってにや、と笑い、三上はまだ半分も飲んでいない缶を傍らに置いて水野へと手を伸ばす。 僅かに躰が引かれたのには構わずに、白く長い指に水野の細髪を巻きつけた。

「 俺はしたいぜ? 」

 おまえと。

 口に出さなかった言葉を、水野は敏感に感じ取ったようだった。

「 放せよ 」

「 怖いの? 」

「 っ 」

 揶揄に頬を紅潮させた水野に、三上は哂う。

 手を伸ばし抵抗を無視して引き寄せた水野の唇を強引に塞ぐ。

「 !! 」

「 気持ち悪ぃか? 」

 首に腕を回したまま、三上は問うた。 それに、水野は答えられなかった。

 唇に触れた、三上の熱。

 それは気持ち悪いどころか……。

 唇に指を触れた水野に、三上はにやりと唇の端を持ち上げる。

「 平気だろ? 」

 手を捕らえ導く。

「 水野 」

 誘うように掠れた声を出す。

 水野はゆっくりと瞬きをした。

      後悔しても、しらねぇぞ 」

「 するかよ 」

 ゆっくりと頬に触れてきた水野に眼を細め、三上は唇の端を歪めて見せる。

 そっと触れ合わされた唇に眼を閉じ、水野の首に縋りついた。 髪に差し入れられた指の感触に、心が騒ぐ。

「 ん……、みず、の 」

 半ば縋るように名を呼んだ三上に水野は僅かに瞠目し彼が抱えたしこりを触れた肌から感じ取って抱き締める腕に力を込めた。

「 …………に 」

「 三上? 」

「 そばに、いて 」

 思いもよらなかった科白を紡がれて、水野は手を止める。 無意識に口にしていたそれを止められた愛撫に自覚して、三上は息を詰めた。

「 ………… 」

 三上が浮かべた表情に躰の置くがぞくりと疼いて、水野は白い首筋へ顔を埋める。

「 っ 」

「 ここに、いる。 傍にいるよ 」

 らしくない言葉を生んでしまったのは、熱に浮かされているからなのだろうか。

 ただ、絡めた指が酷く熱くて、心が渇いた。













END









あとがき。



 なんか思いっきり三上が攻めっぽいですが気にしてはいけません。とりあえず誘ってる三上が書きたくて、そして挫折…。

 えと、実はこれ発行物の水三の馴れ初め編だったりします。今までに書いたこと、ちょっと意識しながら書いてみたので、不自然なところがあるかもですが、でも大体うちの2人はこんな感じですね。

 あ〜、一回ぐらいらぶらぶな水三書いてみたい。うん、次回は甘く…。