上機嫌で屋上への階段を駆け上がる。
ちょうど6時間目が始まるところで、俺のクラスは自習。 イミわかんない数学と向き合わなくっていいと思ったら妙な開放感。
テスト前で、みんな煮詰まってる。
息苦しくって、だから教室抜け出して屋上に続く扉をいきおいよく開いた。
建物から圧しだされるカンジで外に飛び出す。 強い風が吹いてて、思わず細めた眼の先に予想済みの人物が寝転んで空を見上げていた。
「 みーかみセンパイっ 」
「 ああ? 」
元気よく名前を読んだ俺に、三上センパイは体を起こしてこっちを見た。
相変わらずキレーだなぁって思う。
センパイは嫌がるけどやっぱマジにキレーだし可愛いし。
「 何してんだよおまえ。授業始まってるぜ? 」
「 センパイこそ 」
「 俺はいーんだよ 」
にやって口の片端を上げる独特の笑い方。 自信過剰って言えるほどの俺様主義? ゴーガンフソン?
三上センパイらしい。
「 俺も平気っす 」
自習だし、って応えたら三上センパイは「ふぅん」って行ったきり、またごろんと寝転がって眼を閉じてしまった。
でも俺は気にしない。
三上センパイは本当に嫌なときはちゃんとそう言うから、「帰れ」って言われない今は傍にいてもいいってこと。
これは俺の勝手なカイシャクかもしれないけど、三上センパイはほんとはすっごい優しいから。
すとんと隣に腰を下ろした。
眼をつぶった三上センパイの顔。
白っくてキレー。
緩い風が吹いてて、三上センパイの真っ黒な髪がフワフワ揺れて、その小さな顔を撫でていた。
視線をずらす。
青白っぽい空にブスイな灰色のフェンス。 その下の空間では体育の授業。
タクのクラスだ。 今日は陸上なんだって、昼飯のときうれしそーに言ってた。
タクはサッカーは別として陸上がすきなんだそうだ。
特に高飛び。
一年のときにそー言ってたのを覚えてる。
俺は体動かせるんならなんでもいーって言ったら、タクは静かに笑ってた。
タクと一緒にいるのは楽しい。
タクは俺の親友だ。
三上センパイのこと、最初に打ち明けたのもタクで、タクの好きな人も、俺だけは知ってる。
タクには幸せになって欲しい。だけどタクは黙っててって、言った。 言う気ないからって。
それから一度もその話はしてないけど、タクは今もまだ好きなんだと思う。
ぼんやり、視線を空に戻した。
雲のない空。 うすいうすい、青色。
静かになってた風がまたビュウって大きな音を立てた。
ザワザワ木が鳴って、ブレザーがバタバタいって、強い風に俺は思わず眼をつぶる。
ふいに、全部の音が遠ざかったような気がした。
体ん中の熱が、揺れている。 心臓がバクバクして、太陽の光がまぶたを赤く透かしてた。
風が、やむ。
音が戻ってきた。 眼を開けて、ぐるぐるしてる頭の中に"いま"を叩き込む。
呼吸すると少し落ち着いた。
ゆっくりと視線を横へ滑らせる。
三上センパイはさっきと同じように眼を閉じたまま、髪だけが突風に乱されて広がっていた。
三上センパイはキレーだ。
キレーで、だから壊れそうで怖い。
惹かれるように手を伸ばした。
風に冷やされた冷たい髪に触れる。やわらかくて少しクセのある髪が指に纏わりつく感触が気持ちいい。
三上センパイはしばらく何も言わずされるがままで、ふいに開いた眼がまっすぐ俺を射抜いた。
びっくりして、あわてて手を放す。
三上センパイは眼を細めた。
「 藤代 」
「 は、はいっ 」
ひっくい声にびくって応えた俺を、三上センパイはじーって見てきた。
な、なんだろ。 なんか怒ってんのかな。
「 続けろ 」
再び眼を伏せた先輩の言葉に、俺は目を瞬かせた。
「 ……え? 」
「 髪 」
「 いいんすか? 」
「 ああ。 ……藤代の手、きもちいい 」
おそるおそるの問いかけに三上センパイはぼんやり応えた。
かわいいなぁ、なんて思いながらもう一度俺は髪に手を伸ばす。
ゆっくりゆっくり時間が過ぎていく。
「 俺、おまえの手好き 」
ぽつりと、三上先輩が言った。
「 え? 」
「 体温高くて大きくて。なんつーか、安心する 」
眼をつぶったまま、センパイの唇が言葉を生む。
どきどきした。
センパイはあんまりにも無防備で、その表情が、声が、俺を圧迫する。
「 藤代、付き合ってやろーか 」
センパイが眼を開けた。
キレーで強くってまっすぐな、黒い瞳。
「 なにぽかんとした顔してんだよ 」
「 だって 」
「 2ヶ月前の答だぜ? いらねぇの 」
躰起こして、センパイは笑う。
笑って、俺にその手を差し出した。
「 May I squeeze your hand? 」
END
あとがき。
初藤三。っていうか未満。
藤代の一人称って何気なく難しい事実に気がつきました…。まだ笠井のが書きやすい。
最後の英文は合ってるのかどうかわかりませんが「手を握ってもいい?」ってイミです。squeezeは「意味ありげにぎゅっと握る」とか書いてあってちょっと笑ってしまいました。
そんなわけで藤三になり損ねたこの藤三。どんなもんなんでしょう?
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