薄汚れた教会で夜を明かした翼は、支給されたパンと水で食事を終えて武器を手に取った。
小さな、頼りないサバイバルナイフ。
ぱちんと軽い音をさせて刃を出す。
くすんだステンドグラスをすかした光が、雪が降り積もるようにナイフの表層を撫でた。
今し方流れたばかりの、西園寺と三上の声が頭の中でぐるぐると回っていた。
無表情にナイフの腹を撫でながら、リフレインを続ける言葉にぐっと唇を噛み締める。
「殺してやる」
ぽとりと落ちた声はやけにはっきりと耳に返る。
今の自分を、きっと彼は望んではいないだろう。
けれど、彼を巻き込んだ奴らを、翼は赦せなかった。
あの日の取引。
呪われた、約束。
あの時それを持ちかけてきた三上の瞳が。それを受け入れた己が。
腹立たしくてならなかった。
そしてその契約を違えられたことに。それを見抜けなかった自分自身に。
激しい怒りがこみ上げて。
カタン……
「! 誰っ?」
微かに響いた音に、翼はきつくナイフを握りこみ短く誰何した。しかし返るのは沈黙ばかりだ。
翼は身長に体制を整えると、音の下方向へ意識を集中させた。どこから攻撃されてもおかしく無いこの状況の中でそれができたのは、事前に教会内を念入りに調べていたからだ。
「誰だよ?」
もう一度低く問う。
途端、
パシッ
乾いた音を立てて、足下のコンクリートが爆ぜた。
(銃弾――!?)
ふ、と入り口から影が伸びた。
逆光でシルエットのみになりながらも、その人物が自分に向けて銃を構えているのが判る。
「……椎、名?」
「! 藤代!?」
聴こえた声に、翼は眼を見開く。
誰よりも強く、それ故に弱い心を持った人だった。
それは現れにくい形ではあったけれど、いつでも笑っているから気づきにくいけれど。
藤代は本当は誰よりも弱く、優しく、孤独の中で戦っていた。
翼には人の心を見抜く力がある。
気づいていた藤代の弱さに、それでも何もしてやれなかったと、銃を持つ姿に今更嘆いても意味は無いのかもしれない。
誰よりもッサッカーを愛し、
誰よりも仲間を想い、
そして見えない弱さを抱えた人。
その愛はここでは人を殺すための強い理由になった。
その優しさはここでは歪むしかなかった。
その弱さは、ここでは命取りだった。
ねぇ、乗って、いるの……?
「藤代、おまえこのゲームにのってるの……!?」
「――――、護り、たいんだ」
「っ、俺だって、そうだよ。まもりたい。護りたいんだっ。だから!」
死なせたくない。
殺させたくない。
だから……
巻き込みたく、なかったのに。
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