ガラス珠の奇跡  



 まるで白夜のような薄明るいどこまでも続く奇妙に静まり返った世界。
 そこにいるのは何の感情もない絶望した者だけで、望みすらない者達だけで、淋しさがその空間には満ちている。 いや、それは人間達の淋しさではなく、溢れた空虚の心に対するその場の嘆き、かつては希望あった者達の朽ち果てる処の哀れみだ。
 長いこと続けてきた殺人。 関わりも罪も無い者を、ただ依頼で殺してきた。 そんな意味のない殺りくを繰り返してきて真っ黒な心になってしまった、キルアも。
 両親を、一族を殺されて途方に暮れ、全ての怒りを幻影旅団に向けたのに、そいつらはもういなくて何を求めていたのか、何がしたいのかわからなくなってしまった、クラピカも。
 そこに、いる。
 二人肩を寄せ合って。 その薄明るい灰色の世界で唯一真っ黒な死のほとりで。 深淵のすぐそばで。
 立てられた篝火が二人の顔を照らしてその厳寒の闇の中でゆらゆらと揺れていた。
 けれど、二人に寒いという感覚はなかった。 それだけでなく、触れた場所も空気のようで過去の記憶でさえおぼろげで。
 むしろ、全ての感情が無に等しかった。
「 キルア? 」
 肩にかかる負荷。 耳元にかかる息は細く、甘い。
「 寝たのか? キルア 」
「 ……ん……? なに? 」
 キルアはとろりと瞼を上げた。
「 悪い、起こしてしまったか 」
「 ううん。 で? 」
「 ああ。 ここは、どこなのだろう 」
「 怖いの? 皆のところへ帰りたいのか? 」
「 いや。 怖くなどない。 反対に心地良い。 けれどそれがひどく不安なのだ。 このままここに身を委ねてしまったら。 ふっ、なぜだろうな 」
「 あんた、もしかして…… 」
           取り戻し始めてる?
 キルアは何も感じなかった。 考えもしなかった。
 もう、いつからいたのか忘れてしまったけれど、ここに居ることは当たり前で、何も考えずただぼんやりといることが心地よかった。

 ガタッ

 突然かがり火が倒れ、二人は闇に囲まれる。
 ちろちろと地面をなめ、唸る炎に、クラピカは何か熱い塊を腹の底に感じた。
( 何だ? 緋い眼が……。 アレは誰の、誰のだっけ? 嫌だ )
 頭の奥をちらつく画像。 緋い緋い、たくさんの……。
 思い出せない、思い出せないっ、あれは、私の……何?
 燃え盛る紅蓮の炎を映すクラピカの瞳は緋く、ただ煮えくり返る訳の分からない感情が瞳を緋くするから、その瞳はいつまでも意思の無機質な瞳だ。
 けれどキルアはその奥底の怒りを感じた。
 何ものにも代えられない切ないような哀しみと灼けつくような怒りが、ただクラピカ自信困惑しているだけであって、あたりまえのその感情が。
 滲み出てくるそれらに知らず涙が溢れて。
「 キルア、何故泣く? 」
「 あんたが、泣いてるから 」
 わからなかった。 自分でもわからなかった。
 何故涙が溢れてくるのか。
 ただクラピカが泣いているから胸が痛く切なく締め付けられて泣かずにはいられなかった。 それは当たり前で、けれど今のキルアにはその想いは理解できなくて、その想いの存在すら忘れてしまっていて、ただ不確かで確かな想いが、キルアの頬を伝う。
「 戻れるね、クラピカ 」
「 え? 」
「 あんたは、戻れるよ、こっから。 よくわかんないけど、いろいろあった過去と同じとこ。 多分クラピカは戻れる 」
「 おまえ、は? 」
「 オレは……ここにいる。 そんなとこ、わからない。 わからないけど、怖いから 」
 脳裏を、目の前を走り抜ける煌くナイフ。
 キルアは涙を零し、恐怖とクラピカへの想いの中で曖昧に笑った。
 最期の、ガラス(宝石)珠だった。 緋の眼と並ぶ秘法だった。
 別れ間際のクラピカだけを映したその瞳は